如意輪寺

如意輪寺

奈良県吉野町にある浄土宗の寺院です。吉野地域にある他の神社仏閣とは吉野山からは谷ひとつ挟んで離れた山の中腹に位置するため参詣される際は注意が必要です。後醍醐天皇陵や御霊殿が境内にあるなど後醍醐天皇ゆかりの地としても有名です。また春には桜の名所として多くの人が訪れます。

御朱印はこちら→如意輪寺御朱印

歴史

平安時代に日蔵上人により開かれたと伝わります。南北朝時代、後醍醐天皇が吉野に行宮を定めた際に勅願所とされましたが、天皇は還京叶わぬまま崩御して本堂裏山に葬られました。以来寺運は衰えましたが、1650年に文誉鉄牛上人によって本堂が再興され、その際に真言宗から浄土宗に改宗しました。

蔵王権現

金剛蔵王権現木象(重要文化財)

木造 像高:、鎌倉時代 源慶作

蔵王権現の木像としては、日本一と称されています。慶派仏師らしい精巧な作りでありながら迫力があります。金峯山寺の蔵王権現像には無い、額に第三の目があります。また炎を纏う姿が不動明王像とも類似しているなど他の蔵王権現像には無い特徴がいくつがあります。

権現堂のご本尊として安置されています。

難切不動

日本最大の石仏の不動明王像です。かつては当寺ではなく不動坂に祀られていましたが、不動明王が信者に「如意輪寺に行きたい」とお告げがあり以来如意輪寺で安置されることになりました。災難を切ってくれるというので「難切り不動尊」とも呼ばれます。※近畿三十六不動尊霊場

【難切り不動尊大祭】11月28日

楠正成

1347年12月楠木正行公の一族郎党143人が四條畷(大阪府)の決戦に向かうにあたり、吉野の皇居に今生の別れを告げ、後醍醐天皇の御陵に参拝の後、本堂に詣で髻(もとどり)を切って仏前に奉納、過去帳に姓名を記し最後に正行公は鏃をもって御堂の前に「かへらじと かねておもへば 梓弓 なきかずにいる 名をぞとどむる」と辞世の句を残して四條畷に向かいましたが、弟の正時と共に最後をとげました。

境内には髻塚や石像などがあり、宝物館には楠木正成公兜割りの刀など多数のゆかりの品が展示されています。

御霊殿

後醍醐天皇御自作の木像が安置する御霊殿が特別公開されます。境内で一番華やかな建造物です。公開時には鉢植えの菊およそ、50鉢奉納展示しています。

【御霊殿公開期間】2018年 11月2日〜11月18日

後醍醐天皇

大塔宮護良親王の死後、後醍醐天皇は建武の中興を果たします。しかしそれも束の間の夢と破れた後醍醐天皇は、延元元年(1336)京都花山院をのがれて吉野山に身を寄せ、その後も吉野山にいて吉野行宮(南朝)を起こしますが、延元4年(1339年)、皇位を後村上天皇に譲った後、52歳でこの世を去ります。「身はたとへ南山の苔に埋むるとも魂魄は常に北闕の天を望まん」と詠み都を憧れつつ、吉野金輪王寺でついに崩御されました。

御陵は如意輪寺裏山に建てられ、都を憧れていたことから天皇家の墓陵としては唯一北向き(京都方面)となっており、「北面の御陵」として有名です。

また後醍醐天皇の孫に当たる長慶天皇、その皇子の「世泰親王」が一緒に葬られています。後醍醐陵の手前右手にあります。

桜の名所

桜の名所と知られる吉野ですが、如意輪寺境内でも多くの桜が開花し、多くの人が訪れます。

年間行事

1月1日 修正会
3月22日 春の彼岸会法要
4月7日〜9日 本尊 特別御開帳
7月22日 施餓鬼会法要
9月22日 秋の彼岸会法要
9月27日 後醍醐天皇御忌
秋季(2018年 11月2日〜18日) 後醍醐天皇御霊殿特別公開
11月28日 難切不動尊大祭
12月31日 除夜の鐘

アクセス

<住所>

<電話> 0746-32-3008

<拝観時間>
4月観桜期     7時~17時
その他の時期   9時~16時

<拝観料> 500円

<駐車場> 無料駐車場あり

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