戒壇堂

756年に鑑真和上が大仏殿前に戒壇を築き、聖武天皇・光明皇后など440余名に戒を授け、翌年に戒壇院が建立されました。創建時は金堂・講堂・僧坊・鳥居などがあったと資料に残されています。その後度重なる火災により創建当時の姿は完全になくなりました。現在の戒壇堂は1732年に建立され、場所も大仏殿前だった以前とは違い大仏殿から離れたところに移されました。

戒壇とは受戒の行われるところで、受戒とは僧侶として守るべきルールを仏前に誓う儀式であり、従い戒壇は神聖な場所です。鑑真が戒を授けたことで正式な僧侶が日本に誕生しました。

御朱印はこちら→戒壇堂御朱印

四天王像

四天王像(①左:持国天像、①右:多聞天像、②左:広目天、②右:増長天)(国宝)

塑像 像高 持国天160.5cm、多聞天164.5cm、広目天169.9cm、増長天162.2cm 製作年代:奈良時代

天平時代の最高傑作の一つされ、国内で最も有名な四天王像です。四天王は仏法の守護神として国内においては飛鳥時代から信仰がありました。身に纏う甲冑は中央アジアの様式で、シルクロード文化が日本にまで伝わっていることがわかります。創建時の四天王像は銅造であったとされ、現在の四天王像は東大寺内の中門堂から移されたものと伝わっています。



指図堂

鎌倉時代に東大寺の復興に尽力された重源上人は、法然上人の推挙で大仏復興の大勧進職となりました。かつてこの辺りは復興事務所ともいうべき勧進所が立ち並んでいました。その時、中門堂跡地に復興大仏殿の指図(設計図)を納めたお堂が建てられ、このことから指図堂の名が付いたとされています。しかし1791年にそのお堂は大風のため倒壊しましたが、1852年に現在の指図堂が完成しました。

指図堂は基本的に週末のみ拝観ができます。

御朱印はこちら→指図堂御朱印

法然上人画像

指図堂の本尊はこちらの法然上人画像です。1791年の大風で倒壊した後、浄土宗関係者から「この地は法然上人ゆかりの霊場であるので、上人の画像を本尊とするお堂を再建したい」との申し出があり、現在の指図堂が再建された経緯から東大寺は本来華厳宗であるが、この指図堂だけ浄土宗と同じ法然上人を祀っています。現在でも浄土宗徒による参詣が続いています。

指図堂の堂内

阿弥陀三尊像

阿弥陀如来坐像

指図堂から眺める興福寺五重塔。現代の建物が一切見えないため当時の姿そのままを見れます。



その他主要伽藍

東大寺の主要伽藍は各ページにて紹介しています。

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大仏殿
南大門
念仏堂・俊乗堂・行基堂
梵鐘・大湯屋
二月堂
法華堂(三月堂)
三昧堂(四月堂)・開山堂
勧進所
正倉院・転害門
東大寺ミュージアム