竹林寺



竹林寺

行基の墓で知られる東麓の山中に位置する律宗の寺院です。境内の建物は本堂と庫裏だけの本当に小さい寺院であり、観光寺院とは決して言える規模ではありません。基本的に無住ですが、毎月2日(行基の命日)に唐招提寺の僧侶が竹林寺にて法要を行い、その時だけ開扉されます。

御朱印はこちら→竹林寺御朱印

歴史

竹林寺は東大寺大仏の造立に尽力され、奈良時代を代表する高僧・行基菩薩壮年期に営んだ小庵が後に寺院とされたものとされています。行基は文殊菩薩の化身と信じられており、寺号は文殊菩薩の聖地である中国の五台山大聖竹林寺にちなんでいます。しかし『続日本紀』によると、行基没後20数年にしてすでに荒廃していたことが記載されています。

鎌倉時代に西大寺中興の祖・叡尊、その弟子・忍性らにより再興されましたが、明治の廃仏毀釈によって廃寺となりました。再興されたのは平成9年(1997)になってからです。

堂内の様子

堂内には本尊・文殊菩薩騎獅像と行基菩薩像が安置されています。行基は文殊菩薩の化身と信じられていたことから文殊菩薩騎獅像を本尊として祀ったとされています。仏像については獅子像のみ室町時代の作ですが、その他は近代の補作です。行基菩薩像は複製の仏像で、かつて祀られていた行基菩薩像(重文)は唐招提寺所蔵となっています。


行基の墓

竹林寺を有名したのは間違いなくこの「行基墓」です。大仏造営中の天平21年(749)、喜光寺で81歳で入滅し、生駒市の往生院で火葬後、竹林寺に遺骨が納められ多宝塔を立て墓所としました。『竹林寺縁起』によると、文暦2年(1235)に行基墓を掘り起こしたところ、舎利瓶(蔵骨器)や墓誌を発見されています。

舎利瓶などは再び埋葬されましたが、江戸時代に再び発掘され、現在は奈良国立博物館が所蔵しています。

忍性の墓

行基の墓ばかり注目されがちですが、忘れてはならないのが「忍性の墓」です。忍性菩薩は叡尊上人の弟子であり、貧民やハンセン病患者など社会的弱者の救済に尽力したことで知られます。

乾元2年(1303)鎌倉極楽寺に没した後、遺言により竹林寺、極楽寺、額安寺に分骨されました。墓塔下から銅製骨蔵器など36点(重文)が出土しています。(現在は唐招提寺保管)

古墳

【竹林寺古墳】

全長約45m(当初は推定60m)、高さ8mの古墳時代前期の前方後円墳です。現在は後円部のみ残ります。「長宣子孫」と銘の入った内行花文鏡や、刀剣片、埴輪片などが出土しています。


近くのおすすめスポット

【往馬大社】

往馬(いこま)大社は漢字こそ違いますが読み通り「生駒山」の麓に鎮座する山を御神体とした県内屈指の古社です。秋の「火祭り」は特に有名で、毎年多くの人で賑わいます。

詳しくはこちら→往馬大社

アクセス

<住所> 奈良県生駒市有里町211−1

<電話> 0742-33-7900

<駐車場> 無料駐車場あり(狭路)

電車・バスをご利用の場合
近鉄生駒線一分駅下車徒歩15分



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