達磨寺

聖徳太子創建の寺院として知られる達磨寺です。皆さんが想像するダルマとは見た目が異なりますが、達磨(ダルマ)を本尊とし祀っています。境内には数々の史跡が点在し、特に王寺町のマスコットキャラクターにもなっている雪丸像は大変人気です。

御朱印はこちら→達磨寺御朱印

達磨寺の歴史

達磨寺本堂

達磨寺は、「日本書記」の推古天皇21年(西暦613年)のくだりに聖徳太子伝記中最も著名な「片岡山飢人御慰問」が載っています。その内容は、その年の12月1日太子が片岡山のほとりに住む道人を訪ねるべく進んで居られるところ道端に飢えと寒さに息絶え絶えの人が座って居り何故か乗って居られた黒駒がピタッと脚を止め進もうとはしない。太子は、ふと名状しがたい感じに打たれ思わず馬より降り、飢人に近寄られ名を尋ねられたが、最早や力も尽きて居ったのか、答えがなかった。太子は、哀れに思われと食物の飲物を与えられ、寒さに震えている飢人に着て居られた紫の御袍をお脱ぎになり手づから着せかけられ”安らかにお休みなさい”と仰せになり心を残し乍らその場を立ち去られ、翌日飢人の様子を視されられたところ、その飢人は既に死んで居り太子は大いに悲しまれ、その場に手厚く葬られ後、人々は達磨墳と呼んだとされるのが、達磨寺の起源です。


達磨寺の仏像

達磨寺には木造千手観音坐像、聖徳太子坐像、木造達磨大師坐像の3体の本尊があり、本堂には並ぶようにして安置されています。

【木造千手観音坐像】

(王寺町指定文化財)木造 製作年代:鎌倉時代

本像は現状で392手あり、かつては500手で構成されていたと考えられています。全ての掌に玉眼による目が表現されており、精巧な造りの背景には、当寺中興の際の室町幕府の支援があったと推定されています。

【木造聖徳太子坐像】

(重要文化財) 木造 製作年代:鎌倉時代

巾子冠をかぶり、笏を手にとり聖徳太子摂政像です。銘文から健治3年(1277)に院恵・院道が製作したことがわかります。袍の皺部分にわずかに彩色が残り、もとは緋色に着色されていたことが伺えます。

【木造達磨大師坐像】

(重要文化財)木造 製作年代:鎌倉時代

銘文によれば、永亨2年(1430)に足利義教が命じて製作させたものです。彩色は画僧の周文が担当し、衣が鮮やかな朱色に塗られ、髭や胸毛などまでが繊細な筆づかいで見事に表現されています。一般的な達磨と違い手足があるのが特徴的です。



方丈

寛文7年(1667)に建立され、屋根が左右非対称の造りになっている珍しい構造です。方丈というのは禅宗寺院によくある建築様式で、ほとんどが正方形で入母屋です。そしてまたほとんどが寺の本堂です。ここの方丈はたいへん珍しく、本堂ではありません。またとても珍しく、片方が入母屋(いりもや:写真の屋根の左側)で、もう一方が切妻(きりづま:同右側)です。方丈でなくてもこんな形は見たことがありません。※現在修復中です。

方丈の修理状況についてはこちら→方丈の保存修理見学

境内の見どころ

【石造雪丸象】

聖徳太子の愛犬・雪丸の像です。寺の記録によれば、雪丸は人の言葉が理解でき、お経が読め、達磨の墓(本堂下の達磨寺3号墳)を守るために、自分を本堂の北東に葬るように遺言したとされます。雪丸像は、もとは本堂の北東にある達磨寺1号墳の石室近くに祀られていました。

王寺町文化財に指定されています。

【松永久秀墓】

戦国武将・松永久秀の墓とされます。寺の記録によれば、松永久秀が天正5年(1577)10月10日に信貴山城で自害した後、筒井氏がその亡骸をこの地に葬ったとされています。墓石には「松永弾正久秀墓 天正五年 十月十日」の文字があると言いますが、現状は風化して見えません。

【旧本堂瓦製路盤】

露盤とは、宝形造の屋根頂部を飾り、伏鉢・宝珠と合わせて構成されます。露盤の部分には銘文があり、江戸時代の元禄4年(1692)、法隆寺の瓦師によって作られたことが書かれています。『大和名所図絵』の挿絵に描かれた本堂の屋根を飾っていたものにあたります。

旧本堂瓦製路盤は本堂横にあります。

【問答石】

推古天皇21年(613)に、聖徳太子と飢者に身をやつした達磨大師が出会い、歌を詠み交わした場所と伝えられます。本堂の西南角にあって、横に伏せているようにあるのが達磨石で、そこから南に約10mのところにあるのが太子石です。

画像は達磨石



古墳

達磨寺境内には1〜3号古墳があり、本堂下にある3号を除く2つの古墳が現在も見ることができます。

【1号墳】

横穴式石室をもつ径約15mの円墳。この古墳が遺言にもとづいて葬られた雪丸の墓であるとされています。また聖徳太子が密かに法隆寺からと通られていた地下道があると伝わっており、古墳の石室がそれにあたると考えられていますがその真相は不明です。

【2号墳】

達磨寺古墳群3基のうちの1基で、1号古墳の南側約8mの地点にあり、現状の測量図から径約16m、高さ約2mの円墳であることが確認できます。南側には横穴式石室の羨門の一部が見え、堆積している土砂の間から内部をうかがうことができ、墳丘からは、江戸時代の銭貨である「寛永通宝」が2点出土しています。この古填は6世紀末ごろに築造されたと考えられています。

年中行事

2月 豆まき
2月22日 太子道をたずねる集い(磯長ルート)
4月第2土曜日 達磨会式
8月15日 王寺町戦没者慰霊祭
10月10日 戦国武将「松永久秀」法要
11月 達磨寺燈花会(王寺ミルキーウェイ)
11月 片岡八郎法要
12月31日 除夜の鐘



アクセス

<住所> 奈良県北葛城郡王寺町本町2-1

<電話> 0745-31-2341

<拝観料>  無料

<駐車場> 無料駐車場あり

自動車をご利用の場合
西名阪自動車道「香芝IC」から国道168号線を北に約10分
電車・バスをご利用の場合
王寺駅南口から「明神一丁目」または「白鳳台二丁目」行き『張井』バス停下車すぐ