龍泉寺

大峯山の登山口洞川にある大峯山龍泉寺は、真言宗修験(当山派)総本山醍醐寺の大本山であり、大峰山寺の護持院でもあります。龍の口から湧き出る清水は、役行者以来、今も絶えることなく清冽な流れを境内にたたえ、修験者の清めの水として大峯山中第一の水行場となっています。

御朱印はこちら→龍泉寺御朱印

龍泉寺の歴史

白鳳年間(645〜710)修験道の祖・役行者が大峯を開山し、修行していた頃、山麓の洞川に下りられ、岩場の中から水が湧き出る泉を発見されました。役行者がその泉のほとりに八大龍王尊を祀り、行をしたのが龍泉寺の始まりであると伝えられています。この泉を「龍の口」と言い、この地を龍神様の住まわれる泉ということから、龍泉寺と名付けられました。
その後、修験道中興の祖、聖宝理源大師(しょうぼうりげんだいし)によって再興修行され、修験道の根本道場として修行者を迎える霊場となりました。現在も多くの修行者が龍泉寺を訪れ、大峯山寺のある山上ヶ岳に登拝されます。


本堂

本尊:弥勒菩薩

龍泉寺の本堂には本尊である弥勒菩薩をはじめ弘法大師像、大日大聖不動明王、役行者、聖宝理源大師が祀られています。昭和21年(1946)、洞川の大火によって類焼しましたが、昭和35年(1960)に再建されました。
鎌倉様式を取り入れ、原生林を背景に、林泉(りんせん)を前景にした朱色に映える建物は、修験道大峯山道場にふさわしい威容を誇っています。

前鬼像

後鬼像

本堂前には前鬼・後鬼像が立っています。前鬼・後鬼とは役行者が山中で修行をしていたとき、行者に危害を加えようとした夫婦の鬼と言われています。しかし、逆に諭しを受け、その徳を慕い行を助けた行者の高弟達です。


龍の口伝説

昔、龍泉寺で働いていた夫婦に男の子が生まれました。しかし、自分が白蛇の化身であると知られた母親は、乳の代わりに片方の目を与えて姿を消しました。その目がなくなると、再び龍の口から姿を現し、もう片方の目も与えられました。そして朝に六つ、暮れに七つの鐘を合図に乳を飲ませに参りますと言い姿を消しました。今でも龍の口の泉は、枯れることなく大峯山修験者の清めの水となっています。

龍王の滝

龍泉寺の女人解禁に伴い、女性修験者の水行場として建設されたものです。山の霊水を集めた荘厳な滝は、老杉の木立に囲まれた神域にあって、清浄の気がみなぎっています。
滝場に脱衣所もあります。

龍泉寺は女人解禁されていますが、大峯山寺は現在も女人禁制ですので注意が必要です。


大正天皇行在所

大正天皇の行在所を滋賀県彦根城より移築した、豪壮佳麗な総檜作りの便殿(べんでん)です。庫裡は梅普請で、縁側のガラスも手作りで気品と偉容を誇ります。

大正天皇行在所は拝観できません。



大峰山 宿坊

大峰山寺は「護持院」と称される5つの寺院が交替で維持管理しています。護持院は桜本坊竹林院東南院喜蔵院龍泉寺の5ヶ寺で、龍泉寺を除く4ヶ寺は金峯山寺のある吉野町にあります。また護持院の5つはそれぞれ山頂付近に宿坊を構えており、大峯奥駈道を歩く修験者が宿泊しています。

詳しくはこちら→大峰山 宿坊

近くのおすすめスポット

【母公堂】

修験道の開祖・役行者の母「白専女」を祀るお堂です。現在、この地は女人禁制の結界口と定められ、母公堂と呼ばれるようになりました。現在では安産に霊験あらたかとされており、修験者だけでなく、安産祈願に多くの参拝者がこの地に訪れます。

母公堂についてはこちら→母公堂

【大峯山寺】

日本最高所に建つ寺院で世界遺産にも登録されています。創建は7世紀末、役行者が開基とされています。かつては吉野町の金峯山寺と大峯山寺は一つの寺院とされていました。本堂は重要文化財に指定されています。※女人禁制

詳しくはこちら→大峰山寺

アクセス

<住所> 奈良県吉野郡天川村洞川494

<電話> 0747-64-0001

<駐車場> 無料駐車場あり

電車をご利用の場合
近鉄下市口駅からバスで(洞川温泉行き、終点『洞川温泉』下車)