東大寺大仏殿

大仏殿(国宝)江戸時代

正面の幅57.5m、奥行き50.5m、棟までの高さ49.1m

世界最大級の木造建造物として知られる大仏殿は、二度の戦災により現在は江戸時代再建の大仏殿です。大仏殿として親しまれていますが、正式には金堂であり、飛鳥時代〜平安時代初期の寺院では本堂の事を金堂というところが多く使われています。

銅造毘盧舎那仏坐像

毘盧舎那仏坐像(国宝)

銅造 像高14.7m、製作年代:奈良時代

聖武天皇が大仏造立の詔を発願してから9年後の752年に大仏開眼供養会が行われる一大事業で、実際に国中の銅を集めて造られました。大仏開眼供養会では聖武天皇をはじめ参列者は1万数千人に及んだとされ、当時の国家において東大寺の重要性が伺えます。その後度重なる戦火により現在の大仏の頭部は江戸時代、体部は大部分が鎌倉時代の補修ですが、台座、右の脇腹、両腕から垂れ下がる袖、大腿部などに一部建立当時の天平時代の部分も残っています。完成時は黄金に輝いていたとされています。



脇侍

大仏の両脇には虚空蔵菩薩像、如意輪観音菩薩像(共に重要文化財)が安置されており、木造の江戸時代に京都の仏師山本順慶一門と、大坂の仏師椿井賢慶一門らにより、30数年をかけて造られた仏像です。大仏の大きさに圧倒されがちではありますが、こちらも像高7m程あり東大寺のスケールの大きさが分かります。

金銅八角燈籠

金銅八角燈籠(国宝)

銅製 高さ462.1cm、製作年代:奈良時代

大仏殿の前にある八角燈籠は創建当初のものだと考えられています。火袋の4面扉楽器を奏する音声菩薩像を鋳出しています。4面の羽目板のうち2面が当初のものであり、残り2面は現在レプリカが付けられています。




2度の兵火

鎌倉時代再建時の大仏殿

現在の大仏殿

大仏殿は戦火により2度再建されています。1回目の再建である鎌倉時代では天平時代とほとんど変わらない大きさで再建されました(画像1枚目)が、現在の大仏殿である江戸時代再建時には木材不足などの理由から高さこそ変わりませんが、縮小されて建てられました。鎌倉時代や天平時代の大仏殿は現在の大仏殿より約1.5倍の大きさであったと判明しています。

柱くぐり

大仏殿の中には一つだけ穴の空いた柱があり、その穴をくぐることができます。この穴のサイズは大仏の鼻の穴と同じ大きさに作られており、改めて大仏の大きさに圧倒されます。この柱をくぐると「無病息災」のご利益があると言われており、修学旅行生を中心に行列ができることもあります。

※穴の直径は120cmです。大人の男性がくぐるには厳しい大きさですので注意してください。




お身拭い

120人程の僧侶や関係者が、早朝より二月堂の湯屋で身を清め、白装束に藁草履姿で大仏殿に集合、7時より撥遣作法が行われた後、全員でお経を唱え、年に一度の大仏さまの「お身拭い」を始めます。9時半頃には終了し、その後、大仏殿の消防設備の放水訓練などが行われます。

【日程】
8月7日7時~(一般入堂は7時半~)

桟唐戸の御開帳

大仏殿は年に2回だけ桟唐戸が開かれ堂外から大仏の顔が見ることができます。

【桟唐戸御開帳】
1月1日(元旦)
8月15日(万灯供養会

その他主要伽藍

東大寺の主要伽藍は各ページにて紹介しています。

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