宝来山古墳



宝来山古墳

宝来山古墳 築造時期:4世紀後半(古墳時代)

近鉄尼ヶ辻駅より徒歩5分ほどにある宝来山古墳です。こちらの古墳は第11代垂仁天皇陵とされています。墳丘長227mの巨大な前方後円墳です。宮内庁採集の埴輪により、古墳時代前期の4世紀後半頃の築造と推定されます。文献によれば、古墳はかつては「蓬莱山」とも称されたことや、嘉永2年(1849)には盗掘があったことが知られています。

垂仁天皇

垂仁天皇(崇神天皇29年1月1日 – 垂仁天皇99年7月14日)

第11代天皇で第10代崇神天皇の第3皇子です。即位3年、纒向珠城宮(桜井市)に都を移した事や、神託により伊勢国に斎宮を建て皇女倭姫命に天照大神を祀られる内宮の起源に関わっています。

垂仁天皇99年に140歳(『古事記』には153歳)で崩御されました。この年齢からも分かるように神話性が強く、実在性は定かではありません。



田道間守

日本書紀によると、垂仁天皇の勅命を受けて常世の国(中国雲南省?)へ不老長寿の薬を求めに行った田道間守が、10年の長い間苦労してようやく秘薬を捜し求め、持ち帰りましたが、天皇は既に崩御されていました。

宝来山古墳のすぐ近くに浮かぶ小島は、あとを追うように死んでいった田道間守の墓と伝えられています。

明日香村の橘寺は不老不死の果物を取りに行った田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来します。

詳しくはこちら→橘寺

近くのおすすめスポット

【薬師寺】

世界遺産薬師寺の創建は680年、天武天皇は皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を祈願し藤原京に薬師寺を発願しました。710年に都が平城京に移ると、薬師寺も718年に現在の地に移りました。修二会花会式は特に有名な行事です。

詳しくはこちら→薬師寺

【唐招提寺】

世界遺産唐招提寺の創建は759年に唐から日本で初めて正式の戒律を伝えた鑑真和上です。純粋な律宗の研修道場として当初は「唐律招提」と称し、勅願を賜ってから「唐招提寺」となりました。毎年5月19日の「うちわ撒き」は特に有名な行事です。

詳しくはこちら→唐招提寺

【喜光寺】

行基菩薩ゆかりの寺として知られます。古くは「菅原寺」と呼ばれていましたが、748年に聖武天皇より「喜光寺」の寺号を賜りました。また東大寺大仏殿造営に当たり、喜光寺本堂を参考した事から「試みの大仏殿」と呼ばれています。

詳しくはこちら→喜光寺



アクセス

<住所> 奈良県奈良市尼辻西町11

<駐車場> なし

電車でお越しの場合
近鉄尼ヶ辻駅より徒歩5分



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