東金堂と五重塔(興福寺)




東金堂

東金堂(国宝)

本瓦葺 正面7間(25.6m)側面4間(14.1m) 室町時代

興福寺には金堂が3つあり、中金堂、西金堂(現在なし)とこの東金堂があります。東金堂は神亀3年(726年)、聖武天皇が伯母にあたる元正天皇の病気平癒を祈願し、薬師三尊を安置する堂として創建しました。創建当初は床に緑色のタイルが敷かれ、薬師如来の浄瑠璃光世界がこの世に表されていたとされています。創建後も6回に及ぶ焼失・再建を繰り返し、現在の東金堂は 室町時代中期・応永33年(1426年)の再建です。唐招提寺金堂を参考にした天平造りの建築物です。

御朱印はこちら→興福寺東金堂

東金堂内の仏像群

東金堂内陣

東金堂の内陣は本尊・銅造薬師三尊像(重文)を中心に木造・木造維摩居士坐像、木造十二神将、木造文殊菩薩坐像、木造四天王立像(いずれも国宝)が安置された国宝仏像のオールスターとも言える空間になっており、どこから見ればいいのか迷ってしまいます。

本尊・銅造薬師三尊像は、治承4年(1180年)の兵火による焼失後、文治3年(1187年)、興福寺の僧兵は飛鳥の山田寺(現・桜井市)講堂本尊の薬師三尊像を強奪してきて、東金堂本尊に据えられました。



五重塔

五重塔(国宝)

本瓦葺 高さ50.1m 鎌倉時代

五重塔は、光明皇后の発願により天平2年(730)に建立されましたが、その後5回の焼失・再建を繰り返し、応永33年(1426)頃に再建され現在に至ります。塔の高さは東寺の五重塔に次ぐ国内で2番目に高い五重塔です。三手先斗栱を用いた古様の建て方ですが、一部では中世的な手法も大胆に使用され、当時の最先端の技術と創建時の技術が絶妙なバランスで合わさった建築方法でもあります。

初層の様子

パンフレットより引用

創建時の五重塔各層には水晶小塔と経典が安置され、また初層には四天柱の各方、東・薬師浄土変、南・釈迦浄土変、西・阿弥陀浄土変、北・弥勒浄土変が安置されていました。

現在では、初層に薬師三尊像、釈迦三尊像、阿弥陀三尊像、弥勒三尊像を安置されています。曼荼羅を意識した配置になっており、このような配置をした事例は稀です。

基本的に拝観できない五重塔の初層ですが、ごく稀に特別拝観ができ、直近では2016年の夏・秋に公開されました。



その他主要伽藍

興福寺の主要伽藍は各ページにて紹介しています。

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