徳融寺



徳融寺

「ならまち」にある徳融寺は中将姫の父・藤原豊成の邸宅跡に建立された寺院です。かつては元興寺の観音堂であり、室町時代に徳融寺となり現在に至ります。境内には中将姫の宝篋印塔、観音堂には子安観音像が安置されます。※拝観は要予約

御朱印はこちら→徳融寺御朱印

歴史

徳融寺は南都七大寺の一つ「元興寺」の境内にあり、観音堂とも別時念仏道場であったと伝えられます。室町時代に元興寺が土一揆により被害を受けたため、現在の地へ移り、1590年融通念仏宗の寺院として復活し現在に至ります。

またこの地は平城京の下京、六坊大路にあたり藤原不比等の孫、右大臣・藤原豊成の邸宅跡とされています。藤原豊成は、當麻寺に伝わる「当麻曼荼羅」を織ったとされ、後の時代に戯曲などの題となった女性「中将姫」の父として知られ、中将姫はこの地で生まれ育ち、継母によりいじめられた受難の跡「虚空塚」「雪責松」が残っています。



徳融寺の仏像

拝観には予約が必要ですが、当寺の観音堂には素晴らしい仏像が安置されており、仏像好きにはたまらない空間となっています。

【子安観音像】

像高:189cm、檜の一木造り 平安時代

観音堂の本尊である「子安観音像」です。独特な赤子の抱き方が特徴的で、抱くというより掲げると言った方が近いかもしれません。平安時代の仏像らしい優しい表情をした観音像ですが、手先の部分は室町時代の後補であり、かつては子安観音像ではなく、聖観音像であった可能性もあるようです。

【薬師如来像】

像高:40cm(目測)、平安時代

詳しい説明はありませんが、こちらも観音堂に安置される薬師如来像です。脚を横に大きく広げたように座る姿は東明寺(大和郡山市)の薬師如来像に類似しています。また光背も特徴的で、飛天が飛び交うゆったりとした時の流れを感じさせます。

中将姫の宝篋印塔

境内には中将姫と父・藤原豊成の宝篋印塔があります。手前が藤原豊成、奥が中将姫の宝篋印塔です。中将姫らの墓とする説もあるようですが、宝篋印塔は鎌倉時代と推定されるため、墓ではなさそうです。


近くのおすすめスポット

【元興寺】

元興寺は蘇我馬子が6世紀末、日本最古の本格的寺院「法興寺(飛鳥寺)」が平城遷都に伴って718年に法興寺は現在の地に移転し元興寺と改めました。奈良時代には興福寺東大寺と並ぶほどの寺域を誇っていましたが衰退し、現在ではその殆どを失いました。

元興寺についてはこちら→元興寺

【崇道天皇社】

史書によると、怨霊を鎮めるために祀った御霊神社の一つです。南都八所御霊の一座として御霊会が行われています。かつては当社の隣の璉珹寺の鎮守として祀られ、また御霊神社とともに南都二大御霊社とされています。

詳しくはこちら→崇道天皇社

【御霊神社】

かつて元興寺の境内であった御霊神社は史書によれば元興寺御霊神社とも呼ばれていました。近年では恋愛成就の神社として人気のスポットです。

詳しくはこちら→御霊神社

【春日庵】

明治三十年の創業以来「さつま焼」一筋のほほえましく「わび」「さび」の風情が愛され茶席にも好んで用いられている和菓子です。2階では茶房もしており、さつま焼きやわらび餅、カキ氷などをすぐ横の世界遺産元興寺を眺めながらいただくことができます。

詳しくはこちら→春日庵

アクセス

<住所> 奈良県奈良市鳴川町25

<電話> 0742-22-3881

<拝観時間> 9:00〜17:00

<拝観料> 志納(拝観は要予約)

<駐車場> 無し

電車・バスでお越しの場合
近鉄奈良駅より徒歩20分
R奈良駅、近鉄奈良駅 市内循環バス「北京終町」下車
京終駅から徒歩9分



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です