於美阿志神社(檜隈寺跡)
於美阿志神社
明日香村に神社と寺跡が同じ境内に共存する於美阿志神社(おみあし)があります。かつて飛鳥時代には檜隈寺が創建され、その後近くに建っていた於美阿志神社が遷座しました。また境内には重要文化財に指定されている「十三重石塔」があります。
歴史・御祭神
第15代応神天皇の代に渡来した阿智使主の居住地跡で、東漢氏の氏寺とされる檜隈寺の跡地に建っています。一族が当地に檜隈寺を創建し、当社はその鎮守社と考えられています。阿智使主とその妻を祭神としており、東漢氏の氏神です。江戸時代には「御霊明神」とも呼ばれていました。
明治40年(1907年)に檜隈寺金堂跡に社務所の西側にあった本殿が遷座した。
御祭神:阿智使主神夫妻
檜隈寺跡
当社の境内には飛鳥時代に創建された檜隈寺の遺構が残っています。昭和54年からの発掘調査により、金堂・講堂とその基壇・塔・門・回廊・仏堂などが検出されています。伽藍配置は塔の北に講堂があり、南に金堂を置くという特異な配置だと判明しています。また瓦積基壇という工法は朝鮮半島の寺院で多く用いられており、日本への導入も渡来系氏族との関係があるのではと考えられています。
瓦が大量に出土しており、講堂の規模は飛鳥寺や法隆寺西院の講堂に匹敵します。
飛鳥寺についてはこちら↓↓
法隆寺講堂についてはこちら↓↓
境内の様子
【十三重石塔】
平安時代(重要文化財)凝灰岩製 現高約4.3m
平安時代後期に建てられた十三重石塔です。現在では上の二重と相輪は亡失し十一重となっています。四面に大きい月輪内に、四方仏の種子を浅く平底彫しています。
【宣化天皇檜隈廬入野宮跡】
この辺りには宣化天皇の盧入野宮があったとされ、このように石碑が建っていますが、現在その確証はありません。
この他に境内では八坂神社と稲荷神社が合祀されています。
八坂神社
稲荷神社
アクセス
<住所>
<駐車場> 鳥居前に小さなスペースあり
電車・バスでお越しの場合
近鉄吉野線「飛鳥駅」から徒歩約15分